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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)996号 判決

上告人

植田榮一

被上告人

小嶋キミ

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

原審の認定した事実の要旨は、(1) 本件土地の所有者である訴外財団法人萬年会からこれを賃借していた被上告人の夫小嶋軍治は、昭和二七年ごろ訴外森某に対し本件土地を転貸し、同訴外人は、萬年会の承諾を得て本件土地上に本件建物を所有していた、(2) 軍治が死亡したため昭和五二年四月一日以降その相続人である被上告人が本件土地の賃借人兼転貸人となつた、(3) その後本件建物は、本件土地の転借権とともに、訴外森から、訴外出路某、訴外坂本武人を経て、訴外株式会社三和書房に譲渡され、更に同訴外人は、昭和五三年八月二九日脱退控訴人下村賢一に対し本件建物及び本件土地の転借権を売り渡した、(4) 下村は、本件土地の転借権の譲渡について被上告人の承諾を得ないまま、同年九月ごろ本件建物に入居し、その後被上告人の承諾を得ないで朽廃に近かつた本件建物について、土間を落とし天井もとるなどの大改造の工事を始めた、(5) これに対し被上告人は異議を申し入れたが、下村が聞き入れないため、昭和五四年六月一二日京都簡易裁判所から本件建物の改築工事を続行してはならない旨を命じた仮処分決定を得、これを下村に送達したが、同人は右仮処分決定を無視して改造工事を完成させた、(6) 下村は、昭和五六年五月二五日ごろ到達の書面で被上告人及び萬年会に対し、借地法一〇条に基づき右改造後の本件建物をその時価相当額で買い取ることを求めたが、その後原審口頭弁論期日において、右買取請求権の行使が否定されるとすれば、右改造工事による増加価格を放棄し本件建物を譲り受けた当時の価格により買取請求権を行使する旨の意思表示をした、というのであるところ、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、肯認することができる。右事実関係のもとにおいては、下村がした本件建物の改造工事は不信行為の著しいものであつて、たとえ同人が右改造工事による本件建物の増加価格を放棄し、その譲受当時の価格による買取を求めたとしても、その買取請求権の行使は信義則に反するものとしてその効力を生じないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(和田誠一 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告人の上告理由

上告理由の第一点

原判決は判決に影響を及ぼすべき法令違背審理不尽理由齟齬の違法があり且つ憲法第二九条の違反がある

借地法第一〇条による買取請求権行使にはなんらの特定の方式を必要とせず、いわんや買取の対象たる建物の時価を示す必要もないとするのが通説判例である、而して買取請求権行使による建物等の時価は客観的に定まつており裁判所がその代金額を判示すべきものとされている

(大判昭九、六、一五民集一三、一〇〇〇)ところが原判決は参加引受人が予備的主張として改造工事による増加価格を放棄して買取請求権を行使する旨主張しその時価として三〇〇万円を主張したことに拘泥し三〇〇万円を大巾に下廻る価格であつたとし恰も当事者の主張が不当であることから信義則違反の一とする誤判を犯し工事による増加価格を放棄して当該建物の譲受当時の状態における価格による買取請求についてその判断を回避し且つ客観的時価について審理をしないという審理不尽の違法をおかしている

又参加引受人において右改造工事による増加価格を放棄する旨主張している以上改造工事が被上告人の意思に反して実施されようがどうしようが買取価格に何ら影響を及ぼさないものである

以上その改造工事自体の不信性を以て引受参加人の買取請求権を信義則違反とすることは全く信義則理論の濫用というべきであつて法令の解釈適用を誤つた違法であるというべきである

特に引受参加人が本件建物を国家機関の一である裁判所の競売手続きにおいて、以上の瑕疵を全く秘されて不知のまゝ競落し、六二〇万円をも支払わしめている。本件においては形式上は脱退控訴人の地位を承継しているとはいえ原始取得による所有権取得と同視し前主の瑕疵については引受参加人に及ぼすべきでないと云うべきである

以上の理由により原判決は破棄を免がれないと信ずる

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